『池上彰の教養のススメ 東京工業大学 リベラルアーツセンター篇』

「グローバル」について調査する中、必要要素の一つが「教養」。「多様性」も一つの柱に挙げていたが、この本を読んで「教養=多様性なのかも」という発見があった。

教養とはマナーのようなものと考えていたが、フレームワーク、つまり固定概念にとらわれず、自分の思考回路を意識的にずらして、新しい解を出すことも「教養」につながるということのようだ。

本文に、「自分の働く会社が有害物質を排出し公害を引き起こしている。それに気づいて上司に報告するが、上司は改善しようとしない。さて、あなたはどうしますか?」という問いに対し、90%の人が「知らないふりをする」という結果が出ていた。しかし2011年の震災以降、「告発する」という人が過半数になったとのこと。日本人のメンタリティが、確かに変わった面があると思う。

戦前の日本には現代にはない「教養主義」が存在していたということ。しかし、単一民族/男尊女卑の背景からか、教養が叫ばれていても、政治家には男性しかいなかった。教養は常に多様性とセットであるべきだ、という言葉が印象的。

日本人は真面目一筋で来たのはよいが、「他の道を探す」練習をしてこなかったことは明らか。我々大人は、子供達が多様であることを推奨し、「一筋」をおしつけない様留意する必要がある。

 

今後読みたい本===

プラトン、アリストテレスのようなギリシャ哲学
孔子や孟子のような東洋哲学 両方をまっさらな状態でよむ
中国の古い占いである「易」。これも書籍で勉強する
「心とは何か」 桑子敏雄
「環境の哲学」 桑子敏雄
「覚醒のネットワーク」上田紀行

 

以下抜粋=========

  • 「解なき時代」に必要なものはなにか。「教養」です。既存の枠組みでは役に立たないいかもしれない。けれども未来に必須の新しい思考体系をもたらしてくれるかもしれない。それが「教養」。 60
  • 悪いことを隠ぺいしてはならない、正しい意見を表に出していかなくてはならない。教養がもたらす「自由」が体現される社会とはそういうことが当たり前の社会 72
  • 人間性と社会性。これが人間を構成する2つの柱 73
  • 教養を得るとは究極的な自由を獲得すること。すなわち自らの意思で社会に関わっていくことにつながる。大正や昭和の時代のに「教養がある」というのは、たくさん本を読んでものをよく知っている人のことを指した 74
  • 「つまらない」ものを経験してはじめて「面白い」に出会う 80
  • 教養は「教え養う」と書く、自らが自らを教え養うこと。それが教養。われ童蒙を求るにあらず。童蒙来たりて、我に求む。=私は子供に教えようとは思わない。子供が学びたいと思ったときに、私は初めて教える(易経) 84
  • コミュニケーションのための空間デザインがとてもしにくい。(大学の大半の教室は)机や椅子が固定されていて、柔軟性がありません。 87
  • 同じでなきゃいけない、違ってはいけない。そういう社会の中でも、自由に輝いている人もいます。まずはそういう人を見つける。これはとても大切 90
  • 既存の枠組みやフレームワークをずらすことができるかどうか。その人の教養にかかっています。アメリカでは既存のシステムを組み替える発想のトレーニングを大学の教養課程で教えています。このため社会に出た後も、大卒のエリートたちはシステムやフレームワークを変えることができる。 93
  • 社会に出て具体的なスキルを身に着け、問題意識が明確な人が、改めて一見遠回りに見える「教養」を体得しようとする。 94
  • (地域の人と距離を縮めるために)、職員同士で話をしないこと。住民のとなりに座り、できるだけコミュニケーションをとることを事前に依頼したこの日の対話が雰囲気を一変させた。 126
  • (合意形成とは)意見の調整ではない。なぜそれぞれが賛成、反対の意見を持つに至ったのか。その意見を持った理由をちゃんと掘り下げる。そしてそれぞれの意見=インタレストの対立構造そのものをあらわにした上で克服する。それが合意形成 146
  • (女性、子供という)ダイバーシティ=多様性が合意形成を担保する子供の目の前で己の私利私欲をむき出しにする、というのはなかなかできません。日本の国会も子供に傍聴してもらったほうが議論の質が上がるかもしれない
    本音で語ろうという方法はとりません。徹底的に建前で議論します。本音というのは個人的な、自己中心的なこと。社会的な合意形成には不向き。ちゃんとした建前は何度も繰り返し言ってるうちに、その建前が個々人の本音に変化していく。発言によって人が変わって、成長する。 155
  • 合意形成とは妥協ではない。新しい意見の創造。158
    妥協したなと感じるのは、別の言葉では、敗北をしたと感じているということ (★合意形成をクリエイティブにするには・・・少数意見に目をつける)
  • 私たちの生活世界は、点数を取らなきゃ、金を稼がなきゃとか、効率化して短時間で最大限のアウトプットを得なければいけないという近代社会の考え方の植民地になってしまっている。つまり我々は「効率やシステム社会の植民地」に生きている。196
  • 本人は東大の理一で工学の研究者になりたいと思っていたのに、すさまじく勉強ができてしまって偏差値が高いために、「こんなに偏差値が高いなら理三を受けろ」と言われて、実際に医者の道を歩んでしまう人がいる。207
  • 今の日本はお金だけが価値の、単線社会(タイも同じくお金に価値をおいている。)ところがタイにはもう1本、線が通っている。人生は徳を高めるためにあり、来世には徳を積んでより良い人生に転生したい。お金だけが心のよりどころじゃない。214
  • 日本の親、特に父親は、子供が熱を出したくらいじゃ絶対に休まないだろうなスリランカのお父さんは、子供が熱を出した時に「大丈夫か」と看病してくれる。万が一、このお父さんがリストラされて家にいても、自分が困っていたときに助けてくれたお父さんを邪見には扱わない。
    今度は自分が助けようという発想になるはず 223
  • インターネットやSNS上では・・たくさんの「いいね」をもらっているけど、異なる意見には耳を塞いでいる。本来、成熟社会は、様々な意見、考えが多様に存在する社会。 229
  • 理系は論理でばかり語ろうとするし、文系、とくに文学系はイメージばかり話をしようとする。理系と文系の間には「言葉の壁」が論理の言葉とイメージの言葉、両方使えること。それこそが「教養がある」ということ 239
  • 現代社会において「役に立つ」とは、より便利になる、よりうまいものが食べられるとか、要するに即物的な答えをすぐに出せるかどうか、という意味になっています。でも本当に大切なのは「役に立つ」ではない。その先に人間が「幸せになる」かどうかが目的のはず。では「幸せ」とは何か。かつて「役に立つ」が「幸せ」をすぐにつれてきた時代があった 253
  • 生物学だけが「価値を問う」科学 261
  • 理論を作るには、基本になる個々の事実の細かいところには目をつぶって、共通性のあるものとして見立てなければならないそうやって、ある一般的なものをイメージする。そうして、その上に厳密な論理を組み立てる。論理は厳密でなければいけません。 267
  • 理系よ、工学系よ、もっと「おしゃべり」になれアップルもアップルの製品もとても饒舌日本の技術の現場は悪い意味で寡黙  284
  • 調べれば調べるほど、生き物がいかに精密でできているかがわかるロボットの研究をしている人たちはそう言う 296
  • 教養というと、どうしても脳みその中だけで構築したお話を教養と言いたがるところがありますが、・・体の部分がとても大事。「身」が「美しい」と書いて「躾」 こういうのも教養の一つお茶やお花がそう。効率優先の考え方からすると、余計なことばかりを教えることになる。
    教養というものは、一見効率が悪い。なにせすぐに役に立たない。その代り、一生使える。305
  • 教育で一番大切なことは、物が今ほどなくてもみじめだと感じない人間、ものではない豊かさを創造できる学生を作る事そこで教養の出番。人間教育でもある。 306
  • 教養が直接日々の仕事と直結する職業があります。「政治家」です。 308